何が救いを邪魔しているのか

聖書とは、神様からのメッセージです。聖書の中にはたくさんの神様の愛があふれています。聖書を学ぶということは、「愛」を学ぶということなのです。
ここでは、聖書の中から毎月一小節を選び、わかりやすく牧師が説きます。

 

 

何が救いを邪魔しているのか

「イエスはこれを聞いて、その人に言われた。
「あなたには、まだ一つだけ欠けたものがあります。
あなたの持ち物を全部売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。
そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。
その上でわたしについて来なさい。
すると彼は、これを聞いて、非常に悲しんだ。
たいへんな金持ちだったからである。」  

 

ルカの福音書18章18~27節 

牧師として浜田に遣わされて12年が過ぎようとしています。

最近、特に思うことは「島根県の浜田は福音に硬い土地柄だなあ。」

ということです。


なかなか人が教会に来ませんし、来ても簡単にキリストを受け入れようとしません。

でもそれは、島根県の浜田だけの問題ではなく日本全体がそうなのです。
フランシスコ・ザビエルがキリスト教(カトリック)を日本に伝えて460年以上が経ち、プロテスタントが日本に伝えられて150年以上が経っています。

そんな長い時が経っているのに日本のクリスチャン人口は1%未満です。

どうして日本の国にキリスト教(福音)拡がって行かないのでしょうか。

改めて考えさせられます。
勿論、教会が伝える力が弱かったこともあるでしょう。

教会の責任も承知しながら敢えて教会以外の問題を考えてみましょう。


日本の歴史に少なからず原因があると思います。

江戸時代以前に日本の国はすでに仏教が国全体に広がっていました。

豊臣秀吉によって1587年にキリスト教は禁止され、徳川幕府もキリスト教を禁止しました。

明治政府は天皇を頂点において神道を国教にしました。

キリスタン禁令が撤廃されたのは1873年(明治6年)です。

286年の間、キリスト教は禁止されたのです。

歴史的な影響は決して少なくなかったと思います。
次に考えたいのは人間の側にキリスト教を受け入れるのに邪魔するものがあるのではないかということです。


イエス・キリストのところに救いを求めてやってきた若い役人がいました。

上記の聖書の言葉はその人にキリストが語った言葉です。

キリストは役人に「永遠の命が欲しいなら律法を守りなさい。」と言います。

役人は「自分は幼い時から律法を守っている。」と答えます。

キリストは「持ち物を売り払って貧しい人に施しなさい。

そしてわたしに付いて来なさい。」と言います。

それを聞いた若い役人は悲しい顔をしてキリストの許から去って行ったのです。

救いを求めてキリストの処に来て救われなかったのはこの人だけです。

実はこの若い役人の心の中に日本人の救いを邪魔しているものがあるのです。


① は日本人がすでに心の中に神を持っているという事実です。
旧約聖書の10戒の「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」という律法を破っていたのです。

彼は財産が神になっていたのです。
勿論、冨は悪いものではありません。

でもこの若い役人は富が神以上の存在になっていたのです。

どうして日本人は救われないのでしょうか。

それは既に心の中に神を持っているからです。

その神は実は自分自身なのです。

いつも自分が神でいたいのです。

だから救われないのです。


② はキリストについて行くのが嫌なのです。
キリストは若い役人に、「その上でわたしについて来なさい。」と言いました。
彼は付いて行かずに去っていったのです。

どうして日本にキリスト教が広がらないのでしょうか。

それは日本人がキリストに付いて行くのが嫌なのです。
仏教や神道やご利益宗教であれば自分の都合の良い時について行けばいいのです。ご利益が欲しい時に神社に行って手を合わせれば良いのです。

自分の行きたい時にお寺に行き、お葬式の時だけ仏式ですれば良いのです。

みんな自分の都合の良いようにできる神々なのです。

キリストは「わたしについて来なさい。」と言われたのです。

自分の都合どおりにならない、ご利益宗教でないキリスト教を日本人は喜ばないのです。


実はこの2つの理由は日本人に限りません。

ですから人間が救われるのは大変難しいのです。

後は「人にはできないことが、神にはできるのです。」

 

この聖書の言葉を信じてやるだけです。